日本の紙幣がみつまたのじんぴ繊維を主体としていることはあまり知られていない。外国の紙幣は、亜麻や綿や、あるいは木材パルプだけの繊維を原料としているため固い手ざわりである。日本の紙幣はしなやかで、しかも非常に強じんである。
みつまたは沈丁花科に属する落葉灌木で、昔から各地で栽培された。春に葉が出るまでに枝先に淡黄色の花が群がって咲く。
みつまたの繊維は、粘質成分が多く繊細である。適当に漂白すると特有な淡黄色が保たれ、そのまま1万円札の素地となっている。真っ白でなく、肌色で美しく、紙面はきめ細かいつやを持ち、上品な感触を与える。透かし入れをしても、印刷をしても寸分の狂いもない精度でその位置や鮮明度を保つ。そして日本銀行を出てからは、人手を渡るたびに曲げられたり、折りたたまれたり、手あかや水や汚れがついたり、さまざまな取り扱いを受けても、印刷がはげたり、紙が破れたりすることのないように造られている。パルプ化から抄造、印刷、断裁などの各工程に払われる注意はたいへんなものである。
日本の紙幣の印刷は凹版印刷の多色刷りで、インクの色は15色にも及ぶ。偽造防止のために、印刷の詳しい方法や透かし入は、外部へ知らされていない。紙幣には現代の製紙、印刷をはじめ科学技術の粋がこめられている。